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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1405号 判決 1999年8月09日

控訴人(原告)

株式会社丸上製作所

右代表者代表取締役

勅使川原清

右訴訟代理人弁護士

渡邊敏

鈴木亜英

一瀬晴雄

被控訴人(被告)

ボナンザ・アール・ヴィ・セールス株式会社

右代表者代表取締役

比留間武

右訴訟代理人弁護士

花岡巖

木崎孝

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一一一五万六七七六円及びこれに対する平成三年六月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件事案の概要は、原判決四頁六行目の「諸元」を「登録事項」と、同六頁一一行目の「被告会社」を「被控訴人」と、同七頁三行目の「事」を「こと」と、同九頁二行目の「原告会社」を「控訴人」と、同九行目の「摩続」を「摩擦」と、同一〇行目及び同一一行目の「ブレーキパッド」を「ディスクパッド」と、同一三頁二行目の「甲第一四考証」を「甲一四」と、同一七頁二行目の「なりうる」を「なり得る」とそれぞれ訂正し、同二九頁四行目から五行目及び同六行目の「ベーパーロック」の次の「状態」を削除し、同三〇頁九行目の「ベーパーロックが」を「ベーパーロックを」と、同三二頁七行目の「1」を「(一)」と、同一〇行目及び同三三頁一行目の「2」を「(二)」とそれぞれ訂正するほか、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」説示のとおりであるから、これを引用する。なお、当審における当事者の新たな主張は、以下のとおりである。

一  被控訴人

仮に、控訴人が主張するように、本件自動車の前輪ブレーキにベーパーロックに対する性能不十分の瑕疵があったとしても、本件売買契約については瑕疵担保責任の規定(民法五七〇条)が適用され、瑕疵担保責任の除斥期間は、買主が瑕疵の存在を知った時から一年であり(同法五六六条三項)、控訴人の本件売買契約解除の意思表示は、右除斥期間経過後にされたものであるから効力を有しない。したがって、控訴人の本件自動車の売買代金返還請求は理由がない。

二  控訴人

本件自動車の売買は、不特定物売買である。不特定物売買において売主が買主に給付した売買の目的物に瑕疵があった場合の規律については、「債権者が一旦これを受領したからといって、それ以後債権者が右の瑕疵を発見し、既になされた給付が債務の本旨に従わぬ不完全なものであると主張して改めて債務の本旨に従う完全な給付を請求することができなくなる訳のものではな」く、「債権者が瑕疵の存在を認識した上でこれを履行として認容し債務者に対しいわゆる瑕疵担保責任を問うなどの事情が存すれば格別、然らざる限り、債権者は受領後もなお、取替ないし追完の方法による完全な給付の請求をなす権利を有し、従ってまた、その不完全な給付が債務者の責めに帰すべき事由に基づくときは、債務不履行の一場合として、損害賠償請求権及び契約解除権をも有するものと解すべき」である(最高裁昭和三六年一二月一五日判決・民集一五巻一一号二八五二頁)。控訴人は、いったん本件自動車を受領したが、本件自動車にブレーキが効かなくなるという隠れた瑕疵があることが判明した後は、給付を完全ならしめるよう被控訴人に修理を求め続けたものであって、瑕疵の存在を知りつつ本件自動車の引渡しを履行として認容したことはなかったのであるから、不完全履行による本件売買契約の解除権を取得した。したがって、本件売買契約には、民法四一五条の債務不履行責任の規定が適用されるから、瑕疵担保責任の適用を前提とした被控訴人の主張は失当である。

第三  当裁判所の判断

一  当審における当事者の主張に対する判断

1 控訴人と被控訴人は、いずれも株式会社であるから、本件自動車の売買は、商人間の売買に当たり、したがって、控訴人は、本件自動車を受領したときは、遅滞なく検査し、瑕疵を発見したときは、被控訴人が悪意でない限り、直ちに被控訴人に通知を発しなければ、その瑕疵を理由として契約解除、代金減額、損害賠償の請求をすることはできず、売買の目的物に直ちに発見することができない瑕疵がある場合において買主が六か月以内にこれを発見したときも同様であるところ(商法五二六条)、この規定は、不特定物売買にも適用があると解される(最高裁第二小法廷昭和三五年一二月二日判決・民集一四巻一三号二八九三頁)。しかして、控訴人は、後に引用に係る原判決第三、一1(一)のとおり、平成三年三月七日に被控訴人から本件自動車を買い受け、同年五月下旬に納車を受けた後、同年六月に第一回目のベーパーロックの発生に気づき、その翌日、被控訴人に連絡しているものである。右のベーパーロックは、その性質上本件自動車の瑕疵に当たり、かつ、直ちに発見できないものであると認められ、控訴人は、本件自動車を受領したときから六か月以内に本件自動車に瑕疵があることを発見し、それを売主である被控訴人に通知したものと認められる。

2 ところで、控訴人は、本件自動車に右のような瑕疵があることを知り、平成五年以降は右の瑕疵を理由に本件自動車を使用しなくなったにもかかわらず、平成六年六月一八日になってから初めて本件売買契約を解除する旨の意思表示をしているところ、前記1のとおり、本件自動車の売買のような商人間の不特定物売買においては、買主が瑕疵の存在を認識した上でその給付を履行として認識したものと認められる事情が存しない限り、買主は、売主に対し、債務不履行を理由として売買契約を解除することができると解されるが、その場合でも瑕疵担保責任の規定(民法五七〇条、五六六条三項)の適用が妨げられることはないから、隠れた瑕疵を原因として売買契約を解除するには、買主がその瑕疵を知った時から一年以内にその旨の意思表示をする必要があると解される(大審院大正三年三月五日判決・民録二〇号一四〇頁)。そうすると、本件における控訴人の被控訴人に対する本件売買契約の解除の意思表示は、本件自動車の瑕疵を知ってから、一年の除斥期間を経過した後にされたことになる。

3 控訴人は、不特定物売買については債務不履行(民法四一五条)の規定の適用が妨げられないから、本件において瑕疵担保責任に係る一年の除斥期間は適用されないと主張する。しかし、買主の検査・通知義務を規定した商法五二六条に基づき、買主が瑕疵を発見して売主に通知した後、そのことを理由に売買契約を解除するには、その瑕疵を知ったときから一年以内に解除の意思表示をしなければならないとしているのにかかわらず、他方において、売主に責めに帰すべき事由があるときには、買主が、債務不履行の一般原則により消滅時効の完成に至るまで民法四一五条に基づく契約解除及び損害賠償の請求等を認めることになれば、商取引の迅速処理と取引関係の早期確定を旨とする商法五二六条の趣旨・目的を没却することになり、妥当でないといわざるを得ない(特に、商事売買の場合、目的物が不特定物であるのが通常である。)。したがって、本件自動車の売買においては、買主である控訴人が、本件自動車に瑕疵があることを発見し、商法五二六条に基づき被控訴人にその旨を通知したとしても、その後一年の除斥期間内に本件売買契約を解除しなければ、債務不履行を理由とするものであっても、もはや右の瑕疵を理由に本件売買契約を解除することはできないと解するのが相当である。

4 以上のように、本件自動車の瑕疵を知ってから一年を経過した後にした控訴人の本件売買契約を解除する旨の意思表示は無効であるから、その余の点について判断するまでもなく、右解除を前提とする控訴人の被控訴人に対する本件自動車の売買代金返還請求は理由がない。

二  本件自動車の瑕疵に対する判断

前記一の点はさておき、原審における審理の経過及び状況にかんがみ、本件全資料を検討した結果、当裁判所も、本件自動車のブレーキに欠陥(瑕疵)があると認めるに足る証拠はないものと判断する。その理由は、以下のとおり加除訂正するほか、原判決事実及び理由の「第三 争点に対する判断」説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三五頁四行目の「滑べり」を「滑り」と、同三七頁五行目の「同様」を「前記(3)と同様に」とそれぞれ訂正し、同九行目の「勅使川原は、」を削除し、同三八頁二行目の「更に」を「さらに」と、同三九頁七行目冒頭から同四〇頁七行目末尾までを「(7)控訴人は、平成五年以降、本件自動車を使用しておらず、現在に至っている。なお、控訴人は、平成四年中にも本件自動車にベーパーロックが生じたと主張するが、発生した日時、場所、発生状況等を具体的に主張立証していないから、この事実を認めることはできない。」とそれぞれ訂正し、同四二頁六行目の「走行させ」の前の「を」を削除し、同四三頁一行目の「更に」を「さらに」と訂正し、同四五頁八行目から九行目の「ブレーキ」の前に「フット」を加え、同一〇行目から一一行目の「約一五分後」を「約一六分後」と、同四六頁三行目及び同四行目の「辺り」を「廻り」と、同四八頁九行目の「余り」を「から四〇キロメートル」とそれぞれ訂正し、同九行目の「加速し」の次に「(平均時速は約二六キロメートル)」を、同一〇行目の「減速し」の次に「(一周につき二回フットブレーキを踏んだ。)」を、同一一行目の「行った」の次に「(走行距離は12.32キロメートルであった。)」を、同五二頁九行目の「藤岡鑑定人」の前に「しかし、」をそれぞれ加え、同五五頁一行目の「結論した」を「結論づけた」と、同五七頁五行目の「右リコールは、」を「右リコールの届出によれば、」とそれぞれ訂正し、同五九頁六行目の「、クラリオン車は」から同八行目の「通っていること」までを削除する。

2  原判決五九頁一〇行目冒頭から同六七頁一行目までを以下のとおり訂正する。

「2 山間部の下り坂等を走行する場合にフットブレーキを使いすぎると、いかなる自動車にもベーパーロック(熱でブレーキフルードが沸騰して気泡が発生する現象)が発生することがあるから、長い下り坂等においては、あらかじめシフトダウンしてエンジンブレーキを多用し、フットブレーキを使う頻度を少なくすることが必要である(乙二一)。特に、本件自動車は、車体が重く、エンジンブレーキの効き具合が国産車と異なり弱いという特性を有するから(藤岡鑑定の結果によれば、本件自動車のシフトダウン機能及びエンジンブレーキによる減速機能は、不十分であるとはいえないことが認められるから、右の特性を本件自動車の欠陥と認定することはできない。)、右のような場合にフットブレーキを多用しないようにする必要がある。このような点を配慮し、本件自動車を走行させたにもかかわらず、ベーパーロックが発生したということであれば、本件自動車のブレーキには欠陥があるといわざるを得ない。

そこで、前記1の認定事実を踏まえ、本件自動車のブレーキに欠陥があったと認められるか否かについて判断する。

(一) まず、当事者が行った実験を検討するに、被控訴人側が行った及川実験においては、山間部において約一〇八キロメートルにわたり、本件自動車を走行させたものの、ベーパーロックは発生しなかった。この実験において採用した走行方法等につき、特に不自然不合理な点を見いだすことはできない。

(二) 他方、控訴人側が行った小林実験においては、本件自動車にブレーキペダルが沈む症状が発生しているが、この症状は、勅使川原の発案で、小林整備士が相当頻繁にフットブレーキを使用し、約一六分間にわたり時速五ないし一〇キロメートルの低速度で走行したことにより生じたものであり、通常の走行とは相当異なる方法によるものであることは明らかである。また、証拠(控訴人代表者)によれば、小林実験の際、本件自動車のブレーキオイルが約二年半前に交換したままのものを使用していたことが認められる。そうすると、右のブレーキペダルが沈む症状の発生には、フットブレーキの使用方法やブレーキオイルが古く沸点が低かったことなどが、大きな影響を与えていると推認することができるから、小林実験は、通常の走行により本件自動車にベーパーロックが発生することを裏付けるものではない。

(三) 次に、本件検証においても、走行後、本件自動車のブレーキペダルが抵抗なく床につく状態(ベーパーロックの前兆)が見られたが、これも、約三〇分にわたり、一周約一四五メートルのコースを平均時速二六キロメートルの速度で周回走行するに当たり、一周につき二回フットブレーキを使用し、減速しては加速するという通常の走行とは相当異なる方法で本件自動車を走行させたことにより発生した症状である。したがって、検証の結果も、前記(二)と同様、通常の走行により本件自動車にベーパーロックが発生することを裏付けるものではない。

(四) 藤岡鑑定においては、本件自動車にベーパーロック又はその前兆となる症状は発生しなかったが、鑑定結果として、本件自動車の油温が三菱デリカのそれの2.5倍の早さで上昇したことから、本件自動車は前輪のディスクブレーキのベーパーロックに対する性能が不十分であり、真夏の炎天下においてフットブレーキを多用し、しばらく使用されて沸点が下がったブレーキオイルを使用した場合、ベーパーロックを発生させる可能性が高いと指摘されている。

しかし、藤岡鑑定人の行なった走行実験は、本件自動車を時速八〇ないし四五キロメートルまで加速してフットブレーキを使用し、合計四九回停止を繰り返した(三菱デリカについては、時速八〇キロメートルまで加速し、フットブレーキを使用して停止させることを合計二六回繰り返した。)というものであり、藤岡鑑定人も、証人尋問において通常ではあり得ない走行方法であることを認めている。そうすると、ブレーキオイルの油温の上昇を対比した結果、本件自動車は、国産車である三菱デリカと比較すると、ベーパーロックを起こす可能性が高く、前輪のベーパーロックに対する性能は十分でないということができるであろう。しかし、右のような走行実験により本件自動車の油温の上昇が大きかったということから直ちに、通常の走行方法でも、本件自動車にベーパーロックが発生するとまで認めることはできない。

したがって、藤岡鑑定によれば、三菱デリカと対比して、本件自動車は、メカニズムとしてベーパーロックを起こしやすい車両であるといういうことが一応明らかにされたものの、通常の走行方法によっても本件自動車にベーパーロックが発生することまで明らかにされたということはできない。

(五) 控訴人は、フォード社が昭和六三年から平成三年までの間に製造されたF二五〇トラックの前輪ブレーキの有効性の喪失というリコールの届出をしたことを根拠に、右のリコール情報は、本件自動車の前輪ブレーキの欠陥に関する控訴人の主張に沿うものであると主張する。そして、確かに、本件自動車は、右二五〇トラックのシャーシーを使用してクラリオンモーターズ社がキャンピングカーに改造したものであり、ブレーキの部品等に右トラックと同じものが使用されていることが認められる。

しかしながら、証拠(甲一四の3、4、乙二四)によれば、①右リコールの対象とされているのは、フォード社の四つの組立工場で組み立てられたF三五〇及び二五〇の完成車両(トラック)であり、個別の部品がリコールの対象とされているわけではないこと、②クラリオンモーターズ社は、本件自動車のシャーシーは、ブレーキ・アクセルや車輪などの部品がない状態でクラリオンモーターズ社が購入し、組み立てたものであり、そのシャーシーを一部変更し、右の部品を取り付けて完成車にしたのであるから、本件自動車はフォード社のリコールの対象にはならない旨を報告していることが認められる。そして、前記1(五)(2)のとおり、被控訴人は、本件自動車を含め同一のクラリオン車を合計一三台販売してきたにもかかわらず、控訴人以外にベーパーロックの発生等のクレームを伝えてきた買主はいないこと、クラリオンモーターズ社にも、現在までリコールが必要となるような不具合は報告されておらず、同社は、本件自動車のオートマチックトランスミッションやブレーキシステムについてリコールの届出をしていないことなどの事実も併せて考慮すると、フォード社のリコール情報を本件自動車にそのまま当てはめるのは相当でないというべきである。

(六) 以上の(一)ないし(五)の認定を総合すると、夏季、山間部の下り坂などではフットブレーキの使用を控えめにするなど通常の方法で本件自動車を走行させた場合でも、本件自動車にベーパーロックが発生すると認めることはできないから、本件自動車のブレーキに欠陥があると認めることは困難であるといわざるを得ない。

なお、控訴人代表者は、平成三年だけでも三回にわたり、本件自動車を走行させた際、ベーパーロックが発生した旨を供述している。しかし、前記(一)ないし(五)の認定に照らすと、勅使川原は、本件自動車を運転するにつき、フットブレーキを多用したため、ベーパーロックを発生させてしまった可能性が高いということができる(本件自動車の車体の重量が大きいため、エンジンブレーキの効きが悪いと感じ、フットブレーキを多用してしまった可能性も否定できない。)。したがって、勅使川原が体験したベーパーロックの発生により、本件自動車のブレーキに欠陥があると認めることはできない。

(七) 結局、本件に現れたすべての証拠を総合しても、本件自動車のブレーキに欠陥があると認めるに足る証拠はない。」

三  結論

よって、結論において同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)

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